孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

柳家花緑さんの発達障害

柳家花緑さんは、発達障害の一つのディスレクシアであるそうだ。ディスレクシアとはは、あまり聞き慣れない病名である。知能には、問題がないけれど、読み、書きの能力が著しく支障を来たすとされている。柳家花緑さんは、漢字やローマ字などをうまく認識できない困難を抱えている。落語家として華々しく活躍されていて、とても信じ難い。学習障害とどこが違うのか。最近は、発達障害を初め、不必要な病名が続々と生み出されている気がしてならない。発達障害について、まともな見解を持った精神科医は、どのくらい存在するだろうか。少しコミュニケーション能力に問題があれば、知能検査を実施する。そして、動作性知能と言語性知能に少しばかりのバラツキがあれば、即に発達障害と診断してしまう。あるいは、知能検査の結果が、低ければ、負のレッテルを貼り、職業の選択まで限定してしまう。ウェクスラー知能検査が、一般的に使用されている。問題は、公表されていないが、実際に受けた人の体験談をネット上で見かける。言葉の意味、数唱、絵画の並び替え、一般常識などを臨床心理士に問われる方式で行われる。この程度の内容で、その人の能力を測定できるとでも考えているのだろうか。数学的な思考に強いのか、言語的な知能に強いのかといった、おおまかな判断は可能だろう。しかし、それ以上、人間が持っている潜在的な能力を発掘には無理がある。以前、中島らも氏のエッセイで、知能検査を精神科でやって、低い結果が出てショックを受けたエピソードを書かれていた。灘中学に入学した、秀才の中島らもさんが、言うのだから。発達障害ブームが問題なのは、本当に支援しなければならない子供たちの支援が、手薄になることである。自閉症という言葉は、使われなくなった。しかし、自閉症児に該当する子供たちが、少なからずいる。彼らを普通の学校から隔離して、特別支援学校に通わせることが、果たして良い事なのか疑問に感じる。柳家花緑さんは、おそらくそれほど重篤な障害ではないと思う。障害を持った子供たちに、エールを送る意味を込めて、自ら名乗り出たのではないだろうか。落語には無知であるが、柳家花緑さんは、テレビから人柄の良さが滲み出ている。