孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

竜二・映画に賭けた33歳の生涯

「竜二・映画に賭けた33歳の生涯」生江有二著を読む。昭和58年に「竜二」という映画が、公開されて、今もなお、カルト的な人気を博している。本書は、映画公開後、亡くなった金子正次の生き様に迫った秀逸なノンフィクションである。「竜二」は、日本映画を語る上で、欠かせない作品であると思う。東映やくざ映画が、衰退し、日本映画そのものが、凋落の一途をたどっていた時代。これほど、熱気を帯びた作品はないのではないだろうか。主役の金子正次はじめ、脇を固める役者も無名ばかりで、配給会社を探すのに苦労する。この作品に無理解であった映画会社のプロデューサーたちの、目は節穴であったことは、確かだろう。金子正次は、胃癌を患って、全身に転移していた。撮影現場では、露ともそんな素振りも見せず全力で演じていく。共演の永島暎子桜金造を殴りつけるシーンでは、手加減なしに本気で拳を当てたエピソードは、あまりにも有名だ。この映画製作が、難航したのは、初めにメガホンを取った吉田豊が、現場を上手く仕切れなかったことにある。スタッフ全員が、素人に近く、初めての映画づくりということも大きかった。しかし、吉田豊は、それなりに自分の構想をもっていた。しかし、それは、実際に、具体的に映像化するには容易なものではなかった。「竜二」のラストシーンは、妻や子供を捨てて、再び、やくざ世界に戻っていく。吉田豊は、竜二の頭上を、巨大な飛行機が、轟音をあげて、飛び去るカットを撮りたいと主張する。この吉田豊の発想も分からなくはない。結局スタッフを説得できずに、監督を降りることになる。しかし、この吉田豊は、松田優作の高校の同級生であり、金子正次を支え続けることになる。金子正次と松田優作との不思議な関係。かたや、無名の劇団の役者、もう一人は、名の知れた、大スター。しかし、互いに演技に対する思いに、相通じる面があったのだろう。生前、松田優作は、金子正次に次のように忠告している、「昔の素のままで、の匂いをそのまま引きずっている。役者やるのか何なのか、分からない。あのように純粋不良少年を装っているほうが、楽かも知れないが、三十超えてもそれでは、馬鹿ですよ」と。松田優作と金子正次の友情は、胸を熱くさせる。「竜二」という作品は、やくざ映画と分類されてしまう。東映やくざ映画のような、派手なアクションがなく、市民生活に適応できない、等身大のやくざが、描かれていると。それは、違うのではと言いたい。愛媛県の津和地から、役者になるため、東京に出てきたが、売れずに、辛酸をなめた、ひとりの男のロマンのようなものを、映画のワンカットに捧げたかったのではないだろうか。