孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

映画「すばらしき世界」の原作「身分帳」

西川美和監督の最新作「すばらしき世界」の原作は、佐木隆三の「身分帳」という小説である。長年、法廷で繰り広げられる人間ドラマを描いてきた著者の最高傑作とも言える作品である。佐木隆三は、ただの裁判傍聴マニアたちと、一線を画するのは、被告人を温かく見守る眼差しである。裁判傍聴マニアは、裁判官の特徴をデータベース化し、ひとり悦に入っている。そんなことをしていったい何が楽しいのだろうか。刑事裁判において、被告席に座る人間には、複雑な人生を抱えている者が、非常に多い。日本の裁判官の大半は、被告人が歩んできた人生など何一つ考えようとしない。佐木隆三氏は、一貫して、そうした司法官僚に統制された、裁判官を批判し続けてきた。小説「身分帳」は、取り立てて大きなドラマがあるわけではない。この小説のモデルになった、田村明義氏のような男は、どこにでもいるだろう。累犯者として、刑務所を出たり入ったりする。社会復帰を試みるが、周囲の偏見や差別に遭遇し、うまくいかず挫折してしまう。佐木隆三氏は、いくつかのエピソードを聞きだしただけで、ここまで奥深い小説に仕立て上げたのだから、その手腕は、天才的とも言えるだろう。主人公、山川一が、刑務所を出所してから出会う人たちが、何と人間的魅力に溢れたことか。親身になって山川一にアドバイスする、スーパーの店長。今は町内会長を務めるが、若い頃は、警察のご厄介になっただけに、人生の酸いも甘いも知り尽くした苦労人である。この店長は、前科者という先入観なく、ひとりの人間として接する。山川一の世話人となる弁護士は、実在の人物である。庄司宏という人権派の弁護士であるが、小説の中では、あまり個性的に描かれていない。庄司宏弁護士は、ロシア語に堪能な、外交官だったが、敗戦後に米ソが絡んだスパイ事件に巻き込まれ失職。50歳代になって弁護士に転じると、連合赤軍日本赤軍の弁護に尽力を尽くされた。山川一が、刑務所を出所してから、大きく変化していくのが手に取るようにわかる。犯罪を犯した者が、特別に異常な人間ではないということ。私たちと同じ赤い血が流れていることを、忘れてはいけないのではないだろうか。