孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

石原慎太郎 大いなる差別主義者 その遺伝子は石原伸晃の「最後は金目でしょ」に受け継がれている

石原慎太郎が亡くなった。各界では、その死を惜しむ声があるが、生前の言動を考えると、いくら死者に鞭を打つのは、可哀想ではないかという反論が返ってくるだろう。しかし、石原慎太郎の過去の差別発言は、看過できないものがあり、検討するべき余地がありと思う。「太陽の季節」で颯爽と文壇デビューし、カリスマ性、タレント性があり、流石弟の石原裕次郎の兄であると思わせた。しかし、政治家になってからの石原慎太郎の活動を振り返って見ると、差別発言のオンパレードで、世間の人が許して来たことが不思議でならない。政界デビューは、1968年、参議院に出馬して、300万という史上最多の得票を得て、トップ当選を果たした。1976年には、環境庁長官に就任する。環境庁長官時代に、国に抗議する水俣病の患者さんたちに向かって、「IQが低い人たちでしょう」「補償金が目当ての偽患者もいる」などと差別発言をして、患者の前で土下座をする事態にまでなった。懲りずに、重度障害者が、治療を受けている病院を視察し、その後の会見で、「ああいう人ってのは、人格があるのかね」とまた差別発言をした。ここまで、優生思想に基づいた差別主義者は、政界でも石原慎太郎をおいて他にはいないのではないだろうか。育ちが良いからと擁護することほど愚かなことはない。許容範囲を超えている。その後も、三国人発言、震災は天罰など、差別発言を挙げれば枚挙に暇がない。石原慎太郎の死を巡って、山口二郎氏のツイートを批判する人物がいる。自民党の長嶋昭久衆議院議員だ。長嶋氏は、「これは亡くなられた方に対する、史上最低のコメントだ。こういうのこそ、ヘイトスピーチというのではないか」と言いがかりをつけている。山口二郎氏の発言は、まったく問題がない。日本人とういうものは、物事を曖昧にしてしまう国民性があるように思えてならない。生前に悪い行いをした人であっても、死ねば、悪く言うことを禁忌とする。仏教的な考えが根付いているのではないかと思う。石原慎太郎の子供たちを見ていると、親の七光りだけで、生きている気がする。東京電力福島第一原発事故の除染で出た、汚染土などを保管する中間貯蔵施設の建設をめぐって、「最後は、金目でしょ」と吐き捨てた、石原伸晃は、確実に父親の遺伝子を受け継いでいるだろう。