孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

汚い奴が得をする社会 弱い人間が隅っこに追いやられる 「日教組」「労働組合」の加入率の低下 「バーチャル」の中で不満を解消する時代

私の実感では、何故あんな薄汚いことをしても許されて、のうのうと社会的地位を維持しているのかという手合いがあまりも多い気がする。新自由主義社会では、勝者と敗者が二極化する。かつてなら、一度失敗しても、再び立ち上がれる社会であったが今は、それが許されない。そうした結果、ひきこもりやうつ病を患う人が増加してきたのではないだろうか。「汚い奴」と他人を罵るからには、己は、清廉潔白な人間かという反論があるだろう。その反論に対して、「汚い人間」になれないから、社会に適応できず、40歳になっても、ひきこもりであることが何よりの証ではないかと言いたい。昔もそれなりに、「汚い奴」は、少なからず存在した。しかし、卑怯なことをして、他人を蹴落とす手口が、かつてより巧妙になってきているように思えてならない。職場の「パワハラ」によって命を絶つ人が増加しているのも、そうした風潮の影響を受けてのことである。近年、労働組合の加入率が低下している。私は、その原因として、「正義感」を持った人間が少なくなったからだと思う。労働者が、団結して、会社に物申すというスタイルが、若い人にとっては、「ダサい」「意味のない」ことに過ぎないのではないだろうか。日教組の加入率も著しく低下している。何らかの問題意識を持った人間が、組織を作り、権力と対峙するという社会運動が形骸化した。その代わりに、個人単位で、NPOを作ったり、ネットで発信することが、トレンドになりつつある。要するに若い人が、理不尽な社会の仕組みに怒らなくなったのである。もう一つ看過できないのは、本当に守るべき人たちの「人権」が蔑ろにされ、「シングルマザー」や「性的マイノリティ」などの権利擁護が過剰になっていることだ。管理職に占める女性の割合が低すぎるなどの問題は、はっきり言ってどうでも良いことである。フェミニストは、本当に真実を見る目が曇っている。今人生が上手くいっている人は、困っている人たちのことを気にかける余裕もないし、自分の生活だけで精一杯。不幸な人は、犯罪に走らない代わりに、ネットで「バーチャルな世界」に逃げ込んで不満を解消している気がしてならない。「悪貨は良貨を駆逐する」嫌な時代になったと思う。