孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

山口組「ハロウィーン」で子供にやさしいのはパフォーマンスに過ぎない やくざの組長はカラオケが非常に上手いのはいかがなものかと思う

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山口組の「ハロウィーン」を絶賛する人が多いが、トンデモナイことだと、私は思う。やくざが、子供たちには優しい振る舞いをするのは、ただ自分たちの印象をよくするためのパフォーマンスに過ぎない。所詮やくざは、やくざであって、暴力を背景にした反社会集団である。カタギには手を出さないというのも間違いである。どうも日本人は、昔から「任侠の徒」に憧れを抱く傾向があるように思えてならない。「やくざ映画」が時代を超えて愛されるのも、強きを挫き、弱気を助けるという「勧善懲悪」物語に夢を投影するからではないだろうか。「映画の世界」と現実のやくざは、あまりにも乖離がある。山口組の「ハロウィーン」を巡っては、2020年の兵庫県議会で、暴力団が18歳未満の子どもに金品を渡す行為などを禁じる「改正暴力団排除条例案」を全会一致で可決した。県公安委員会は、行政命令を出すことも可能になり、違反した場合は、罰金を科すことができる。この条例は、「山口組」のハロウィーンを牽制するために施行されたものだろう。山口組が分裂したのは、2015年。あれから7年が経過した。山口組に反旗を翻して、神戸山口組を結成した者たちは、義侠心からではないことは間違いないであろう。山口組を名古屋に本拠を置く弘道会が牛耳るようになって、その運営方針が気に食わなかった。弘道会は、金儲けがうまく、経済的に力をつけて、山口組内部を支配していくようになった。名古屋という土地が、金儲けするには、うってつけの場所であったのだろう。結局は、「お金の問題」でいざこざを起こしたことになる。「山口組」が分裂前のカラオケを歌う組長の姿を見ると、しらけたムードが漂っているのが分かる。倉本聰東映で「冬の華」というやくざ映画の脚本を書いて、不評を買ったことがある。やくざ同士が、「カラオケのマイク」の取り合いで、抗争にまで発展するという筋書きが、やくざ映画愛する人たちから総攻撃された。しかし、倉本聰の発想というのは、ユニークで流石一流のシナリオライターであると再認識させられた。「山口組」の分裂は、弘道会の圧勝でいずれ終息に向かうであろう。しかし、警察が、「山口組」を壊滅するチャンスがこれまで幾度となくあったはずなに、時期を逃した。最初から警察は、「山口組」を壊滅する気などないのではないだろうか。