孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

20歳やそこらの若者に 腹が立ってしまう まだ成熟しきれていない私 「ジェネレーションギャップ」だけではない何か質の悪いものを感じてならない

気づけば、私は、41歳。今年もあと少しで、来年で、42歳になる。成人を迎えてから、もう20年の歳月が経過したことを考えると、「この20年間は、何だったのか」と思い悩み、夜になれば、後悔と悔悟の念に駆られて、眠れなくなる。しかし、「人様に何と言われようと、自分は、このようにしか生きられらなかったのだ」と開き直り、何とか折り合いを付けて生きるようにしている。「情けない中年」の自分を差し置いて。どうも、「Z世代」と言われる若者たちを見ていると、私たちの世代とは全く別の人種のように思えてならないのだ。「Z世代」は、様々な定義があるが、私の中では、物心ついた時から、携帯とスマホ、ネットをうまく使いこなせる世代だと思っている。私の場合は、2000年に大学に入学して、初めて、折り畳みの「携帯電話」を親に買って貰った記憶がある。また、大学時代もさして、「パソコンスキル」が必要とされなかった記憶があるような気がする。1981年生まれの私たちの世代は、「ポスト団塊ジュニア世代」に当たる。もう少し上の世代の「団塊のジュニア世代」のように、就職氷河期を経験した世代でもなく、極めて、中途半端な世代であり、何か他の世代と比較して、際立った「個性」がある人物が非常に少ない気がする。「ジェネレーション」論で、全てを論じることは、慎重であるべきだが、「最近の20歳代」の若い子を見ていると、「私たちの頃より、非常に質が悪い」のではないかと思えてならないのだ。一言で言えば、「斜に構えて、悟りきっている」「妙にクールで大人じみている」という点だ。「おどおどしていない」ことは、良いことだけれど、人生経験もないにもかかわらず、その「根拠のない自信」は何処から来るのかと疑問である。ありきたりな解釈かもしれないが、彼らの「根拠のない自信」は、「仮想現実」によって作られたもので、悲喜こもごもの体験によって裏打ちされたものではない。不惑の年齢を過ぎても、成熟しきれていない私であるが。20歳やそこらの若造に負けてはならぬという「自負」だけは、持って生きていこうと思う。