孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

人生は「いくつになっても青春」とは言い難いが 「虚構」に夢を抱き続ける「馬鹿」になりたいと思う たとえ「敗北」への道であっても

私は、今年42歳になる。江戸時代の武士の世界では、家督を長兄に譲り、自分は、楽隠居という年齢である。もう「立派な中年」にもかかわらず、私には、その実感が全くない。おそらく、精神年齢が低いのか、成熟した「一人前」の大人になり切れていないのだろう。言い訳したくはないが、現代の40歳といっても、大半の者が、そんなものではないだろうか。ただ、私が後悔しているのは、輝かしい青春がなく、中年になろうとしていることだ。何一つ「これだけは、成し遂げたという勲章」がないからである。自分のみじめさを直視できずに、懊悩する日々が続いている。「人生は、幾つになっても青春など」と言う人がいる。確かに中年になって、「生きがい」を見つけて、「夢」を追い求めている人に対しては、そのような言葉を送りたい。しかし、皆が、中年になって急に「生きがい」を見つけるのはそう容易なことではない。やはり「青春」というのは、人間の人生において、20歳代のほんの一瞬の時ではないだろうか。その瞬間を完全燃焼できたかで、その後の人生が大きく左右されることは間違いないだろう。私の好きな作家に宮崎学という人物がいた。昨年に死去されたが、メディアおよび論壇は、宮崎学氏の死について全く触れようとしなかった。宮崎学氏は、京都のやくざの家に生まれて、早稲田大学時代は、共産党員として非合法活動にいそしむ。その後、グリコ・森永事件で、「重要参考人M」として警察から疑われる。それを契機に作家としても活躍される。宮崎学氏は、同和問題、警察不祥事などの社会問題についての鋭い言論を展開した。特に警察不祥事については、宮崎学氏の右に並ぶ者はいないというほどに、「警察組織」を徹底的に攻撃し続けた。宮崎学氏の事をもっと書きたいが、別の機会にしたい。本当は、先日都立大学で、不審な男に襲撃された宮台真司氏が、宮崎学氏の追悼文を論壇紙において書くべきだったと、私は思っている。宮台真司氏と宮崎学氏は、生前親交が深く、共著もある。宮崎学氏はある本の中で、「虚構」に夢を抱き続ける馬鹿になりたいという趣旨のことを主張されていた。この言葉が、私の心に付き刺さって仕方がないのだ。中年になれば、若い頃と違って、分別があり、「冷めた眼」で社会を見るのが当たり前である。しかし、私は、「虚構」に夢を抱き、厳しい現実に打ちのめされても、心ひそかに夢を抱き続ける「馬鹿」でありたいと思っている。