先月高石ともやさんが亡くなった。フォークソングのカリスマ的な存在であり、特に「受験生ブルース」は大ヒットした。いまでもラジオのリクエストなどで流れるので、一度は耳にしたことのある人は多いだろう。しかし歌詞が古すぎて、大半の人にとっては実感のないものである。1968年にリリースされた。ちょうど団塊の世代が大学受験をする時代である。団塊の世代は人数が多く、受験戦争、偏差値教育と言われ始めた時代である。競争率が凄まじく、生徒たちも大学受験によって人生が決定づけられると信じ込んでいた。昭和44年に東京大学の入試がなかった。この年に東京大学を受験せずに、他の大学を受験して、合格してそのまま進学する者もいた。その代表が、竹中平蔵である。竹中平蔵は一橋大学出身である。和歌山県知事であった仁坂好伸知事も竹中平蔵らと同級生であった。私の父も同級生。父は仁坂好伸元和歌山県知事と和歌山大学付属中学で同級生であった。仁坂好伸は、浪人をして東京大学に進学した。一方で大学受験どころではなく、中卒で、社会に出て働いた者も非常に多い。いづれにしても言えるのは、団塊の世代は「努力して何かに打ち込めば、人生が幸せになる」という当たり前のことを享受できた最後の世代であるということだ。現在はたとえ、東京大学を卒業しても、幸せになれるとは限らない。若者がそう言うことを早くから悟り切っているのである。「コミュニケーション能力」そして何よりも「外見の良さ」が人生の幸せを決定づけるようになってきた。その事と恋愛の事については時間の関係で割愛するが。子供たちの間に「スクールカースト」が根強く支配している。「スクールカースト」の最下層の子供たちは、外見に自信がなかったり、コミュニケーション能力が劣っていると思い込んでいる。そういう子供たちが、自信を回復するのには、「受験戦争」が悪化した方が良いと私は思う。何故ならば、勉強というものはやれば、やるほど結果が目に見えるものだからだ。