私は小学校1年生の時からクラスの大半に年賀状を送っていた。私が小学校1年生と言うことは、昭和63年である。昭和最後の年である。昭和64年は、何日かあったが、昭和天皇が死んで、直ぐに平成になった。今は令和である。小学校1年生の私は手書きで一人一人違うメッセージを添えて、年賀状を書いた。小学校6年までそうした慣習を続けた。また何通もの年賀状を貰っていた。私ぐらいの世代、ポスト団塊ジュニア世代は、今の子供たちと違って、生まれた時にネット環境が整っていなかった。せいぜいゲームがあったぐらいで、大学生になって初めてパソコンを買う人間が主流であった。「パソコン通信」という言葉があったように、パソコンに詳しい人間は、根暗やオタクと見做されて、嫌悪感を抱かれた。今は小学生でもスマホを持ち、高校生はすさまじいネットいじめで悩むようになった。私たちポスト団塊ジュニア世代が、最後の「アナログ派」であろう。小学校1年生の頃の私の年賀状や私に送られて来た年賀状を見ると、「また今年も仲良く遊ぼう」とアニメの絵を一緒にメッセージが添えられていた。何と純粋な子供たちであった事か。担任の教師も年賀状を送るように子供たちに勧めたような記憶がある。担任の教師には誰もが年賀状を送っていた。クラスの大半に年賀状を送る「律義さ」は今の私にはないし、そうした行動を取るつもりは、毛頭ない。いつの間にか私自身が生き方を180度変えたからだ。そのことはこのブログで何度も書いているように、智辯和歌山中学・高校に入学し、国語の暴力教師に出会って、人生を変えさせられざるを得なかったからである。国語の暴力教師が、私を蛇蝎のごとく嫌ったのは、私の「育ちの良さ」にあると言っても過言ではない。コイツは、自分の「学歴コンプレックス」によって、私のような空気感を持った生徒を嫌悪した。この国語の暴力教師は、刑法上の「暴行罪」に問われるべき所業をした。しかし智辯和歌山を辞めさせられず、のうのうと生きている。こう言う欺瞞の世の中が、私を変えたのだ。年賀状をクラスの大半に出していた私はもういない。歳月は戻らない!