六角精児の呑み鉄本線・日本旅が放送10周年を迎えた。最初の頃は私もこの番組は面白いと感じた。しかし最近は全く面白くない。「マンネリ化」し過ぎたのである。壇蜜のナレーションが不愉快で仕方がなかった。壇蜜は好きな俳優が六角精児と豪語して、この番組のナレーションに抜擢された。しかし壇蜜の結婚相手は、六角精児のような不細工ではない。そこに壇蜜の狡さと卑怯さあるのだ。あろうことか壇蜜は同性愛の傾向があるとカミングアウトした。この矛盾は一体何なのであろうか。自分が売れるためなら、話しを盛ってまで噓を言うのは非常に許し難い。六角精児は相棒の鑑識役でブレイクした。あの「おかっぱ頭」が強烈で、一躍個性派俳優として世間に認知された。またギャンブルの借金や何度の離婚と結婚という私生活の破天荒さが売りである。文才もあって、週刊誌の連載が文庫化された。「六角精児の呑み鉄本線・日本旅」が開始した2015年は、六角精児にとっては一流芸能人の仲間入りした年であろう。芸能界で売れることは、危険な賭け事をすることに等しい。芸能の仕事だけで食べて行ける者は氷山の一角であり、ほとんどの人間がアルバイトをしながらの二足の草鞋を履いている。六角精児が芸能界で売れたことは、ある意味奇跡に近いことである。才能はあるし、センスはある。ただ六角精児の「演技力」はそれほどのものではない。「相棒」の鑑識役が偶然六角精児の当たり役で、世間の耳目を集めただけの事である。六角精児が他の役を演じているのを見たが、非常に杜撰な演技をして、下手であった。つまり六角精児は運を持っていたのである。私が言いたいののは、六角精児よりも演技力と才能、面白さ、強烈な個性を持っていても、売れていない俳優がいるということだ。「六角精児の呑み鉄本線・日本旅」は六角精児がローカル線を旅する。視聴者は「ゆるい旅」に憧れを抱く。実際にその田舎に住んでいる人間は不自由極まりない。「3時間に電車が1本」という田舎で生活する不便さを都会の人間は分かっていない。「六角精児の吞み鉄本線・日本旅」はNHKで何度も再放送し、書籍化までしている。NHKの営業戦略に視聴者ははまっていないかと私は言いたい!