孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

「ゴミ屋敷」に住む売れない吉本芸人50歳「ヘッドライトの町田」 1日に5時間「録画したお笑い番組」をダビングする お笑いの世界で「ブレイクする人間」の陰にこうした茨の道を歩む人間もいる

www.youtube.com

毎日放送の深夜の番組で、売れていない吉本芸人の一日を密着取材した番組があった。取材主の名は、「ヘッドライト」の町田星児50歳。芸歴は、相当長く、千鳥や笑い飯と同期という。町田星児は、一日に5時間も「自分が録画したお笑い番組」をダビングする作業に費やす。部屋は、そのDVDの山で足の踏み場もない状態で、ほぼ「ゴミ屋敷」に近い。テレビ番組の企画で、ある程度話を盛っている部分もあると思ったが、町田星児の目を見ていたら、「ガチ」なのではないかと私は感じたのだ。普通、この種の企画であれば、構成作家やデイレクターによって、「こういう風に演じろ」のような指示があり、視聴者は、「ヤラセの一種」であると見抜いてしまう。しかし、町田星児が、「自らが録画したお笑い番組」をダビングする姿を見ていると、これは、「演技」ではないことが明らかである。錦鯉が、M1で優勝して、「50歳でブレイクしたお笑い芸人」という言葉が一人歩きした感じが否めない。50歳になっても、「お笑い芸人」として「夢」を追い求めている。そうした「安っぽい感動物語」に収斂した。錦鯉自体、何が面白いのか私には分からない。もっと面白いお笑い芸人が、数多く存在する。お笑いの世界で「ブレイク」することが、世間一般のエリートコースに乗って社会的地位に就くよりも、ある種の「ステイタス」になったのは一体何時頃の頃からだろうか。「お笑い芸人」は、そんなものではないというとが私の持論だ。つまり、「普通の社会では生きられないアウトロー的感性」を持った者が、俳優やお笑い芸人になるのが当たり前の時代があった。中田カウスが言った言葉で忘れられない言葉がある。「最近の吉本の若い子は、良い子が多いけど、やんちゃせへんのよ」。私は、この中田カウスの言葉は、至極の名言だと思う。本来お笑い芸人は、「やんちゃ」であるべきなのだ。NSCという「吉本の学校」のわざわざお金を払う。そして、松本人志を「お笑いの神」のごとく崇拝する。何かかがおかしくなったように思えてならない。1日に5時間「録画したお笑い番組」をダビングするヘッドライト町田。お笑い芸人として「ブレイクする人間」の陰に、茨の道を歩まなければならない人間もいる。あまりにも過酷ではないだろうか。