城崎勉が府中刑務所でのどに餅をつまらせて死亡した。城崎勉は徳島大学を卒業後、共産同赤軍派に入りM事件に関与して逮捕されて懲役10年の実刑判決を受けた。そしてすぐさま府中刑務所に在監中にレバノン事件にも関与したが、超法規的処置で釈放された。その後も懲りずに政治犯としてずっと刑務所生活を余儀なくされる人生を送っている。こうした人は冤罪事件に巻き込まれた無辜の被告人の方々とは全く違う。所謂「思想犯」である。思想犯は、鉄の意志を持っているため、警察官からどれほど酷い取り調べを受けても、根を上げない。何故ならば、彼らは最初から逮捕されて、身柄を拘束されることを覚悟しているからだ。一方、自分がやってもいない冤罪に巻き込まれた「無実の人」は自らの「潔白」をどれほど訴えても聞き届けてもらえない。その絶望感は筆舌に尽くし難い。かつて「政治の季節」には城崎勉のような人たちが数多く存在した。先日逮捕されて、直ぐに死亡した桐島聡などもその最たるものだろう。彼らは本気で社会を改革することを夢見た。狂気と言っても過言ではないほどに、偏頗した思想に囚われた。城崎勉と言えば、安部譲二原作の映画「塀の中の懲りない面々」にモデルとして出てきた。柳葉敏郎が演じているのだが、あまりにも格好良く、実像と大いに乖離している。安部譲二の「はったり」そのものであると私は考えている。Wikipediaによると、安部譲二が城崎勉にボクシングを教えたとなって書き込まれている。おそらく安倍譲二の著作からの引用であろう。安部譲二は確かにボクシング経験者である。安藤組の構成員であった。安部譲二はやくざであるが、「良いところの坊ちゃん」であった。安藤組自体が、出自の良い家庭の子息で構成されていた。安部譲二を批判する人が多い。しかし私は安部譲二が好きである。どこか憎めない人柄で、やさしさがあるように感じられるのだ。いずれにしても城崎勉のような人たちが存在したのである。今政治をSNS上で小難しく語る人が多い。しかし彼らのやっていることは、ただの床屋談義に等しい。何故ならば、借り物の言葉を使い既視感が強い。そのうえ、命を懸けていないからだ。何もかもがや安っぽくなっていく時代である。