孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

小藪千豊 吉本新喜劇座長を引退 過去の座長で「誰がカバやねん」が持ちネタであった 原哲男は人間臭く役者としても一流だった

小藪千豊が、吉本新喜劇の座長を引退した。土曜日のお昼にはどこの家でも「吉本新喜劇」を見ているかとう言うくらいに、超ロング番組である。「ベタなギャグ」で特別面白いと思わないが、「吉本新喜劇」がテレビから流れていなかったら、何か落ち着かないのだろう。それほどに「吉本新喜劇」が関西人の日常生活に溶け込んでいるのだと思う。この「吉本新喜劇の座長」には、錚々たる面々がいた。財津一郎岡八郎船場太郎間寛平、最近では、辻本茂雄内場勝則。昔の方が、はるかに大物で、面白い人が多かった。財津一郎は、いまで何時制作されたかも分からない古いCMでおなじみである。財津一郎は、本格的な役者として成功して、数多くのテレビドラマで活躍した。岡八郎は、舞台に立って、まだ話し始めていないのに、観客席から笑いが沸き起こったという伝説がある。存在そのものが、芸人であったのだろう。私が最も好きなのは、原哲男という芸人である。関東の人は、絶対知らないし、関西でもこの人の名前を知っているのは相当の年齢の方ばかりである。「誰がカバやねん」が持ちネタで、眼鏡をかけて気難しい顔をしたおっさんである。1981年生まれの私には、原哲男が舞台で活躍していた頃はまだ生まれていない。私が、原哲男を知ったのは、「部長刑事」という関西ローカルで放送されていた刑事番組である。原哲男は、「部長刑事」で主役の上司で出演していた。その演技が何とも言えないほどに、渋いのである。泥臭く、人間臭いが、人生の酸いも甘いも嚙み分けたような演技は、小手先の技術では到底できないと思う。高校卒業後、九州で剣劇の劇団に入る。その後、昭和28年に大阪に出てきて、ストリップ劇場のコメディアンになり、昭和38年に吉本興行に入る。売れるまでの苦労を積み重ねたことが芸人としての幅を広げたのではないだろうか。原哲男は、「部長刑事」以外にもドラマに数多く出演するが、どんな役であっても良い味を出していた。原哲男のような人間臭い芸人が最近のお笑い界にはいなくなったのは残念である。