孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

私の近所に住む 美人三姉妹と言われている 実際は美人とは程遠い 性格が悪いが 模範的な人して尊敬 この上なく酷いのは父親 狭い道を猛スピードで飛ばすうえに偉そうな男 母親も上品ぶった鼻持ちならない どうして人は「人間の本質」を見抜けないのか! ちなみに父親の車のナンバーは「358」が入っている! 

私の近所に周囲から美人3姉妹として尊敬されている人間がいる。実際は、美人とは程遠いのであるが。この次女と私は同級生であった。物凄い性格の悪い女であった。長女は中学の教師をして、優秀な人間として先輩の教師から尊敬されている。しかし、「あかん子」「できない子供」には冷淡なようだ。というのは、一昨年私の従弟が死んだ。その時に従弟の子供が中学生で、この長女に教えてもらっていた。従弟の子供が言うには、この長女は、「僕らみたいな子には、あの先生全然違う態度で接する」と。この従弟の子供も問題を抱えているが、言っている事は噓ではないと私は感じた。つまりこの中学の教師をやっている長女は、生徒によって態度を変えているのである。さもありなんと私は思った。この美人三姉妹の父親がまたふざけた男なのだ。狭い道を猛スピードで飛ばす。車に凝って、高い車を乗り回す。金持ちではないから、そうした道楽で仕事は上手くいっていない。この男は寡黙で、どこかにやけた所がある。今風に言うと、チャラ男に近い感じ。この男は工場を経営していて、配達をするのか、私と頻繁に出会う。田舎に住んでいると、そう言うことが良くあるのは当然であるかもしれないが、何故か必要以上に会う回数が多いのである。挨拶もしないうえに、嫌な感じで私を見ているがひしひしと伝わってくる。おそらく、将来を嘱望されていた私が落ちぶれた様を喜ぶように。そういう人間はこの男以外にも数多い。これは被害妄想ではない。人の不幸は蜜の味というように、人間は他者の不幸を喜ぶ生き物なのである。この男の車のナンバーには、「358」が入っている。「358」は、ラッキーナンバーである。車のナンバーに「358」が入った車を乗っている男に碌な人間はいない。輩が多い。いや、輩が「358」のナンバーの車に乗ると言っても過言ではない。私が言いたいのは、世間の人は人間の本質を見抜く目が全くないということだ。欺瞞に満ちた世の中。濁世を生きていくしかないと感じる今日この頃である。