孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

「丸山眞男をひっぱたきたい 夢は戦争 フリーター」という言葉が流行したが 結局何の意味のない言葉であった 就職氷河期世代あるいは「ひきこもり」は日本が戦争になっても その精神構造は全く変わらない

2007年に「丸山眞男をひっぱたきたい 夢は戦争 フリーター」と赤城智弘が「論座」で主張して話題になった。「論座」という雑誌もすでに廃刊した。赤城智弘の主張は一部の就職氷河期世代に支持された。その当時私はとうとうここまで論理が破綻した戯言を主張する人間が現れたかと辟易した記憶がある。丸山眞男は戦後を代表する知識人である。今の若い人はおそらくこの名前を知らないだろう。大学院で学者を志している者なら絶対に丸山眞男の著作を読んでいるほどの有名人である。2007年と言えば、リーマンショックの前年であり、今よりも日本が閉塞していた。赤城智弘が言いたいのは、戦争のような有事という「非日常性」が起きれば、自分のような社会の底辺のフリーターも一流企業で働いている勝ち組も同じ境遇になるというものである。分からなくはないが、赤城智弘の独善的なもので一般論になり得ない。この言葉を批判したのは、鎌田慧佐高信と言った左翼の面々であった。鎌田慧は日本を代表する作家であり、取材対象に肉薄していく「ルポルタージュ」は秀逸であり、もっと評価されるべき作家である。就職氷河期世代と長期ひきこもり当事者はリンクする。「80・50」と言われる高齢のひきこもりは2000年代からずっとひきこもっている。最近は、一端就職したが、人間関係に失敗して、ひきこもった。あるいは「女子のひきこもり」がやたら喧伝されるが、印象操作の感が強い。もっと言えば、ひきこもり界隈で得をする人間がいる事だ。ひきこもりでないのに、ひきこもりと称し、特をしている人間がいる。本当のひきこもりは、家族以外と人間関係がなく、ずっとひきこもっている。彼らを精神疾患にしようとする動きがある。私は反対である。確かに、長期間ひきこもれば、健全な精神状態とは言い難い。しかし、彼らが明らかに精神異常であると私は思えないのだ。もっと精神を病んだ人たちがいる。戦争という非日常になっても、就職氷河期世代や長期ひきこもり当事者の精神性に変化が起こることはないだろう。