孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

小田急線切りつけ事件 フェミサイドと結びつけるのは短絡的

東京都世田谷区を走行していた、小田急線の上り電車内で、6日夜20歳代から50歳代までの乗客が刃物で刺される事件で、警視庁は、7日、川崎市の自称会社員の対馬悠介容疑者を殺人未遂で逮捕した。対馬悠介容疑者が、大学時代にサークル活動で、女性から見下され、出会い系サイトで知り合った、女性とうまくいかず、勝ち組の女性を殺したいと考えるようになったと供述している。この供述内容をめぐって、様々な解釈がなされている。特に、看過できないのは、女性をターゲットにした、「フェミサイド」の危険な兆候と強調しているフェミニストたちである。あまりにも、的外れとしか言いようがない。確かに、対馬悠介被告は、女性嫌悪のような事を口走っている。対馬悠介被告の動機が、偶然そうであっただけのことである。それを、「ヘイトクライム」と同じ遡上に載せて、危険を煽るのは、いかがなものかと思う。有名私立大学の工学部を卒業し、職を転々として、女性に対して、コンプレックス意識を持っていた。このような境遇に置かれて生きている男性は、現代においては、珍しくない。いや、大半の男性が、生きづらさを抱えて生きているのではないか。フェミニストたちの見解は、「リア充ではない、非モテは、潜在的犯罪予備軍」とでも受け取れるものである。この事件を考えるうえで、2008年に秋葉原で発生した無差別殺傷事件を避けて通ることはできない。容疑者の加藤智大も、対馬悠介被告と同世代。加藤智大容疑者は、執拗に、自分の容姿を、「不細工」と卑下していた。「不細工に人権はない」「顔だよ顔全て顔とにかく顔」などの言葉を残している。実際には、加藤智大容疑者に彼女がいたこと、あるいは、ネット上で、「盛り上がるためのネタ」であるなどの、真偽定かでない情報が流れた。しかし、そんなことは、どうでも良いことである。「顔」とういうものにこれほど、執着しなければいけない、現代社会の方が何らかの病理を孕んでいるいるように思う。共産党山下芳生氏は、次のように、ツイートされている。「小田急電鉄の切りつけ事件の容疑者が語ったとされる言葉絶対許されない犯行だが、同趣旨の言葉を同様の事件の容疑者から聞いた。いずれも容疑者は、派遣労働者だった。一定の人間をモノのように使い捨てる社会について考える」と。山下芳生氏の誠実な人柄がうかがえる。ただ、秋葉原事件の時も、派遣労働者と経済格差で論じることに無理があった。現代社会においては、苦しみを抱えながらも、面白くもない日常を我慢して暮らしている男性の方が、圧倒的に多いのではないか。そんな彼らは、対馬悠介容疑者のように凶行に及ぶ可能性は極めて低い。それにもかかわらず、フェミニストたちが、「フェミサイド」と勝手に決めつけるのは、「人のこころの痛み」を忘れた、無神経さと傲慢の現れに過ぎないのではないかと思えてならない。