孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

「上京」という言葉がすでに死語になった 東京へ行けば何かがあるという夢を若者は抱かず 地方でまったりという時代

「上京」という言葉をすっかり耳にしなくなった。特に、歌謡曲の中で、若者が夢を抱き、故郷を捨てて、東京へ旅立つという歌詞が非常に多かった。その最たるものが、長渕剛だ。長渕剛ほど「東京」という言葉を歌詞の中に入れた歌手はないのではないだろうか。まず、「とんぼ」。「裏腹な心たちが見えて、やりきれない夜を数え 逃れられない闇の中で 今日も眠ったふりをする 死にたいくらいに憧れた 花の都 大東京」2番では、「だけど俺はこのままじゃ寒くて 凍りつくような夜を数え だけど俺はこの街を愛し そしてこの街を憎んだ 死にたいくらいに憧れた 東京のバカヤローが知らん顔して黙ったまま 突っ立てる」。次に、「東京青春朝焼物語」では、「今日から俺 東京の人になる のこのこ 来ちまったけど 今日からお前 東京の人になる せっせせっせと東京の人になる」。長渕剛は、鹿児島出身であり、「東京コンプレックス」を持っている。彼は、「地方出身の田舎者は、東京の人間に馬鹿にされる」というささか被害妄想的な信念を自らのドラマの中でも取り入れている。「死にたいくらい憧れた 花の都 大東京」という歌詞は、その当時の若者の心情を代弁していると思う。かつて、若者は、「東京」に憧れた。田舎で農業をするより、東京に行って、ささやかな生活でも何かかがあるという幻想を抱いた。若者が何故「東京」に憧れなくなったのだろうか。三浦展氏が、示している見解に「ファスト風土化する日本」というものがある。地方の幹線道路沿いに、大型ショッピングモールやファーストフード、コンビニ、スーパーマーケットがあり、地方が都市化している。だから、わざわざ東京に住まなくても、ある程度の水準の暮らしを送ることができる。三浦展氏の見解については、賛否両論があるが、画一化した無個性な地方の在り様を見事に指摘していると思う。また、違う視点で、現代の若者は、地元の友達とまったりと付き合い、大仰な夢を抱かなくなったと分析している。確かに、若者の「地元愛」は強い傾向がある。私は、関西から離れたことがないが、どこかで「東京」に憧れとコンプレクッスを抱いてしまう。特に、関西人は、「東京」への反発心は尋常なものではない。歌謡曲で「上京」という甘美な言葉が使われる、古き良き時代はもはや過去のものになった気がしてならない。