孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

男子の貞操を読む

「男子の貞操」坂爪真吾著を読む。著者は、障害者の性を支援をするNPOの代表でもある。童貞、非モテなど男性をめぐる性の問題は、深刻にもかかわらず、あまり、まともに言及されてこなかった。せいぜい、ネット上で、恋愛弱者を侮蔑して、楽しむ。あるいは、恋愛弱者が、自らを卑下して、互い連帯する。そういった現状では、何一つ発展的な見解が、生まれるはずがない。本書は、敢えてタブー視されてきたことに触れている点は、評価できる。しかし、どこか腑に落ちない、後味の悪い読後感が、残った。まずは、風俗店で、童貞を捨てることに疑問を感じる。性的関係を持つことができない、障害者、恋愛弱者は、お金でしか異性と関係もてないというのは、あまりにも悲し過ぎる。また、社会全体が、そのようなコンセンサスを共有している。愛のない快楽としてのセックスに意味などあるのだろうか。人間として生まれたからには、誰かを愛して、その上で肉体的関係を持つことが、自然な営みである。その当たり前が、当たり前で無くなってしまったこの時代こそ、異常ではないのかと言いたい。本書の中で、著者は、「セックスの自己責任化」と呼んでいる。恋愛資本主義社会においては、もてる者ともてない者が、二極化するのは当然であろう。ただその基準は、顔が良いか悪いかという、女の思慮の浅はかさにあることを忘れてはいないか。恋愛や結婚において、女が、選択肢に選ぶのは、顔のみといっても過言ではない。それなのに何故男が、自己責任を持つ必要があるのか。この著者、恋愛弱者に寄り添う姿勢を見せながら、根底では、差別と偏見のまなざしを送っているように思えてならない。また、最近では、女性風俗従事者への支援に関わっている。まっとうな社会貢献ではなく、際物的な面が拭えない。