孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

加藤智大死刑囚 刑執行は安倍晋三元首相を襲撃した山上徹也容疑者への見せしめ たとえ凶悪犯であっても国家が人の命を奪う「死刑」を許すことはできない

加藤智大死刑囚が刑を執行された。加藤智大死刑囚は、2008年6月に東京秋葉原歩行者天国にトラックで突っ込んで3人を殺害、2人にけがをさせた。そして、逃げ惑う通行人ら12人をナイフで刺し、4人を殺害した。この事件は、社会を震撼させると同時に、加藤智大死刑囚に同情を寄せる人たちが現れた。「非モテ」「格差社会」などのキワードをもとに、この事件については、評論家たちによる様々な解釈ごっこが行われた。加藤智大死刑囚は、ネットの掲示板に「自分の顔が不細工だから、彼女ができない」と執拗に書き込んだ。これは、加藤智大死刑囚が、「ネタ」として仲間同士で楽しむためのものであり、実際には、彼女がいたという情報が飛び交い、「非モテ」が直接的な動機ではないというネット上の声がある。しかし、加藤智大死刑囚の「自らの容姿を卑下する書き込み」は常軌を逸しており、「非モテ」の問題は全く関係がないとは言い切れない。男が、自分の容姿をそこまで気にしなければならないのは、明らかに「時代の病理」ではないだろうか。また、「非モテ」だけで、凶行に及んだ訳でもない。教育熱心な家庭に育ち、高校は、進学校に進学したが、成績は入学と同時に低迷する。母親は、子供の頃からしつけが厳しい「教育ママ」であり、加藤智大死刑囚にとっては、重荷になっていた。高校卒業後は、皆が四年制大学に進学するが、加藤智大死刑囚だけは、短期大学に進学する。その後、アルバイトや派遣社員を転々とする。地元のエリート校出身でありながら、人生が上手くいかないという挫折も加藤智大死刑囚の心を蝕んでいったかは、容易に想像がつく。この事件の動機を一つに限定することはできない。しかし、度重なる不運に押しつぶされていったという点では、ある意味「現代の時代の病理」を映し出した犯罪ではなかったか。自分の力ではどうすることもできない不可抗力なものに苦しんでいる若者たちが同情したのは、無理もない気がしてならない。古川禎久法相は、記者会見で「極めて重大な結果を発生させ、社会にも大きな衝撃を与えた誠に痛ましい事件。法相として慎重な検討を加えた上で、死刑の執行を命令した」と述べた。死刑によって何が解決するのだろうか。応報刑として死刑を存置しても、犯罪は減少するとは到底思えない。犯罪を生み出す社会の病理についても国家が向き合わなければならないのではないのか。また冤罪によって死刑が執行される可能性も無きにしも非ずである。国家に「人を殺す権利」を与えることは、絶対許されることではない。それにしても加藤智大死刑囚の執行は、腑に落ちない点が多い。安倍晋三元首相を襲撃した山上徹也容疑者の事件が起きたから、「見せしめ的」に急遽死刑執行をしたのではないだろうか。以前、足利事件で菅谷利和さんが、無罪になった。菅谷利和さんは、DNA鑑定が間違っていたことによって犯罪者にでっちあげられた。そのDNA鑑定と同じ事件で、死刑囚になっていた久間三千年さんは、突然死刑執行された。無罪を訴えて、再審を求めていたというのに。DNA鑑定の過ちを隠蔽するために、法務当局が策略したことではないかと疑いたくなる。山上徹也容疑者が、安倍晋三という権力者をどういう理由であれ、暗殺したことは、国家権力への挑戦と見做し、国家の安寧と秩序を乱す者は、「死刑」をも辞さないとしたら、非常に恐ろしいことだ。