孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

佐賀県警 知的障害のある安永健太さんを「取り押さえ」名目で死なせた事件 全身には100箇所以上の傷があった それでも5人の警察官は処罰されず 人間のすることではない

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2007年警察官に取り押さえられて、死亡した安永健太さんの事件を風化させないために、支援者と有志でつくる団体が、ドキュメント映画「いつもの帰り道で 安永健太さんの死が問いかけるもの」を制作した。事件は、2007年9月25日に発生した。知的障害のある安永健太さんは、自転車で作業所から帰宅する途中に、「不審者」に間違われて、警察官5名から取り押さえられ死亡した。遺族は、佐賀県警の警察官5人を特別公務員陵虐致死容疑で付審判請求をした。2009年に佐賀地裁は、警察官1人を特別公務員暴行陵虐罪で付審判を開始する決定をした。しかし、2011年に警察官が、「安永健太さんを殴ったとする」目撃証言は、「取り押さえ行為」と間違えた可能性があるとして無罪判決を下した。そして、2012年にも最高裁第二小法廷でも無罪が確定した。警察官の不法行為を糾す「付審判請求」という制度があるがあまり知られていない。この「付審判請求」は、弁護側が、検事役を果たす。通常の裁判では、有罪率99,9%となるが、「付審判請求」は、有罪率が50%に満たない。つまり不法行為を行った警察官たちは、法の裁きを受けないということである。警察は、組織ぐるみで、不法行為を行った警察官を守ろうとする。そのやり口は、非常に悪質である。時には、警察官の行為の正当性を裁判で印象づけるために、亡くなった被害者の人格を平気で貶めることすらある。検事役を務める弁護側は、有罪となる「証拠」を集めることに大変苦労する。また、裁判所も警察の行き過ぎた有形力の行使を黙認してしまっている現状がある。裁判所が警察に対して弱腰なのは、「日本の刑事裁判」において今も昔も全く変わっていない。警察官たちは、安永健太さんの馬乗りになって、後ろ手錠までかけた。驚くべきことに、安永健太さんの全身には、100カ所以上の傷があったことが裁判で判明している。それにも関わらず、警察は、「知的障害者と理解できず、暴れて、抵抗したため、精神錯乱者として保護した」というのである。このような人権蹂躙がまかり通るのは許し難い。警察は、国家の安寧秩序を維持するためなら、何をしても許されるというコンセンサスが国民の間に共有されているように、私は思えてならない。ドキュメンタリ―映画「いつもの帰り道で 安永健太さんの死が問いかけるもの」は、動画としても公開されている。そのコメント欄に「警察」を擁護する手合いがいる。こうした手合いは、警察の裏の顔を知らないのか、それとも警察を全面的に支持する「体制側」の人間なのだろうか。いずれにしても、言葉を発せることもできない安永健太さんが、5人の警察官たちに押させられて、死んでいった無念さなど想像だにできないだろう。付審判請求で、5人の警察官をかばうために組織で動いた「佐賀県警」。そして、無罪判決を下した裁判所。「日本の刑事司法」は、安永健太さんのような何の落ち度もない知的障害者の死を冒涜しまでも国家の安寧秩序の方を優先するのだろうか。私は、憤りを感じてならない。