孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

多くの霊能者に悪いことばかり言われ それがあまりにも当たっている 私の人生は「生き地獄」 しかしこれからも何とかして生きていかなければならない

私は、スピリチュアルな事や占いに興味があり、多くの霊能者から悪い事ばかり言われたことをブログで書いてきた。今、私は、最悪の精神状態で生きている。胡散臭い霊能者と違い、割合とまともな霊能者の所に行った。私が、悩み苦しんでいることを、その霊能者にダイレクトに質問したが、答えをはぐらかされた。もし、私の人生が、希望に満ちたものであったならば、私が喜ぶであろうことをその霊能者は言っただろう。おそらく、私の人生は、暗黒に閉ざされたもので、救いようがないものであることは間違いであろう。謂わば、「死刑宣告」をされて、私は今現在生きているような状態である。普通の人、スピリチュアルや占いに関心がない人は、おそらく実感が涌かず、「霊能者の言うことに翻弄されるなんて、馬鹿じゃないか」と思うに違いない。そういう人は、幸せであり、人生の「どん底」を味わったことがなく、この世の不幸とおよそ無縁な人である。私からすれば、「能天気な人」でしかない。人は、何故宗教にすがるのだろうか。私は、「自分の力では、どうすることも出来ない不可抗力な出来事」に遭遇すれば、人は必然的に「宗教」にすがるものであると考えている。安倍晋三元首相を射殺した山上徹也被告の兄は、障害を持って生まれてきた。そのため山上徹也被告の母は、「統一教会」にのめり込んだ。宗教2世の問題が、社会的にクローズアップされているが、根本的なことが全く議論されていない。それは、人がカルトを信仰する理由である。「エホバの証人」にしろ、その信者が抱えている「不幸」は、千差万別で、普通の人のように「幸せな生活」を享受できないから、彼らは、「カルト」にすがるのである。私の人生を振り返ってみると、本当に予期せぬ出来事によって、押しつぶされて来たように思えてならない。「自惚れ」、「思い上がり」、「勘違い」、と言われても、私は本来であれば、「エリートコース」を歩むはずで、幼児の頃から明らかに「普通の幼児」とは違った。しかし、度重なる不運によって、私は、「社会生活不適応者」となって中年を迎え、後8年で、50歳になろうとしている。霊能者が霊視するように、私の人生は、間違いなくついていないのだろう。「自分の努力などでは、どうすることもできない宿業」を背負っているのだろう。しかし、私はまだ「人生」を諦められず、闇の中でもがき続けている。何とか、人生の再起をかけて。