孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

ⅤiⅤi国宝級「イケメンランキング」 どの男子も「正当派の男前」「ハンサム」ではない 「イケメン」とは「女によって都合の良い商品」にしか過ぎない

ⅤiⅤi国宝級「イケメンランキング」が発表された。どの男子も、「女みたいな顔立ち」「無個性」「品がない」といくらでも、「欠点部分」を指摘できるような顔ぶれだ。要は、「ハンサム」「正当派の男前」とは程遠いのである。死語になるが、「ナイスガイ」という言葉が、かつて使われた時期があった。「ナイスガイ」は、「男っぷりも良く、「接していて、感じが良い男」という意味である。どうも、最近の「イケメン」は、そうした「性格の良さ」が全くなく、「ナルシスト」で「鼻持ちならない奴」ばかりだ。「イケメン」という言葉が、異常なまでに私たちの社会に浸透している。「テレビ」のスイッチを付ければ、「イケメン」。職場でも、「イケメン」。街を歩けば、「イケメン」。ドトールコーヒーのような「ファストフード店」でも、「イケメン」。「イケメン」という言葉しか日本人は知らないのかと思うぐらいに、「イケメン」という言葉が使用されている。「イケメン」でなければ、「男ではない」。もっと言えば、「イケメン」でなければ、「人間ではない」というぐらいの勢いである。また「イケメンもどき」を気取った男があまりにも多い。今回「イケメンランキング」にノミネートされた「顔のつくり」を模倣する若い男たちがほとんどである。これは、「モテ基準」に男たちが異常なまでに束縛されているからだ。「イケメン」は、女の都合によって作られている。「女みたいな顔の優男」が、イマドキ女子にとって都合が良いのである。イマドキ女子というよりは、「バブルの頃」からそうした傾向が続いている。つまり、街を彼氏と一緒に歩いて、「他の女」に自慢したい女ばかりになった。恋愛や結婚において、選択肢のすべてが顔になったのだ。「私は、男を顔を選ばない。中身で決めます」とのたまう女が少なからず存在する。しかし、そういう女の「彼氏」や「夫」が、「イケメン」であることが非常に多い。男の顔が、「商品化」されているのは、新たな「差別問題」だと私は思う。