孤独死予備軍ひきこもり日記

ひきこもりが、日々の雑感を綴ります。

死刑囚 造田博 「池袋通り魔殺人事件」 「無敵の人」ではない 「愛する人」を求めたが叶わず 「あまりにも過酷な状況で生きていた」 それを「誰もが挫折したり不幸であっても我慢している」と断罪する権利はあるのだろうか?

1999年に池袋で「無差別殺人」の罪を犯した造田博。彼は、現在「死刑囚」として、「死刑執行」を待つ身である。造田博は、不幸な家庭環境で育った。せっかく努力して、地元の公立の進学高校に合格したが、学費が払えず中退を余儀なくされた。親がギャンブルで借金を作り、家族は一家離散。造田博は、「アルバイト」を転々とせざるを得なくなった。造田博を取材したジャーナリストの青沼陽一郎は、「不幸な境遇にあっても犯罪に走らず、真面目に生きている人間も存在する」と言う前提で、造田博を徹底的に批判している。確かに誰もが、造田博のように「無差別殺人」を犯す訳ではない。しかし、青沼陽一郎の「取材」は、あまりにも「ジャーナリスト」として「底の浅い」ものだ。造田博が、青沼陽一郎に取った態度ですべてを判断してしまうもはあまりにも早急である。何故ならば、この種の犯罪者は、「よほどの信頼できる人間にしか自らの真実の姿」をさらけ出さないからである。造田博は、「恋愛妄想」に支配されたいたという「チープな精神鑑定」がなされている。確かに、「妄想に支配されて、まともな精神状態ではない」ことは誰の目にも明らかである。しかし、造田博が、「想いを寄せていた女性」は、高校時代の「同級生」であった。単に「恋愛妄想」と決めつけ難い一面もあると私は考える。造田博は、「付き合ってくれる女性」を求めていたことは紛れもない事実であろう。「裁判の過程」においては、造田博の「本音」が一切出てこなかった。造田博は、「新聞配達員」として働いている時に犯行に走る。「新聞配達員」としての「社会への鬱屈」。中上健次という作家が「19歳の地図」という小説で、同じく「新聞配達員の鬱屈」を描いたが、まさに造田博の「行きどころのない感情」を見事に予測したかのようだ。青沼陽一郎は、「誰もが挫折したり、不幸であっても我慢して生きている」と造田博を断罪している。そして世間の人も「身勝手な犯行」としか考えていない。私は、造田博という「犯罪者」をもっと深く見つめていくと、「現代的な病理」が彼の犯行メッセージにあると思えてならないのだ。「法廷絵師」の大橋伸一さんは、造田博の事を次にように擁護している、「若い頃の彼は人を殺す目をしてなかった。たった一人の愛する人を求めたが、叶わなかった。そして弱い自分に勝つことができない悲しい犯罪」であると。法廷絵師とは、裁判で「法廷画」を書く画家のことだ。大橋伸一さんは、東京藝術大学を卒業して、CMの仕事をした後に、「法廷絵師」になった人である。「犯罪を犯さざる得ない被告人」たちを見つめるまなざしはあまりにも優しい。それは、大橋伸一さんが、「他者心の痛み」が分かる情け深い人だからだ。造田博死刑囚の人生を考えると、私も大橋伸一さんと同じように「単なる無敵の人」ではない「悲しい犯罪者」だと思えてならないのだ。